◇◇イギリス女性史研究会 2009年度特別例会のお知らせ◇◇
 

開催日時と場所

■日時:2009年6月13日(土)15:00〜18:00
■場所:専修大学 生田キャンパス 979教室(9号館7階)
※会場へのアクセスについては以下のHPをご参照ください。
http://www.senshu-u.ac.jp/univguide/campus_info/ikuta_campus/index.html
 
 

■ プログラム

○事務連絡(15:00〜15:30)
 
○研究報告(15:30〜16:30)
 竹内敬子氏(成蹊大学) 
「忘れられた姉妹たち:イギリス工場法とジェンダー 1870〜1900」
 
○コメント(16:30〜17:10)
 吉田恵子氏(明治大学)
 石井香江氏(四天王寺大学)
 
○全体討論(17:20〜18:00)
 
○司会:小野塚知二氏(東京大学)
 

■ 報告要旨

 
「忘れられた姉妹たち:イギリス工場法とジェンダー 1870〜1900」
 
 本報告では、1870〜1900年の工場立法をめぐる論争の、ジェンダーの局面に注目して分析する。その際、議会資料、組合資料、地方紙などの読み直しを通じ、女性労働者の経験や声に出来る限り着目しようと試みた。これらの史料の中に女性の声が反映される機会は少なく、断片的な証拠を拾い上げ繋ぎ合わせる作業は困難 であるが、それを通じ工場法の影響をまさに直接に受ける彼女たちが工場法をどうとらえたのかを明らかにするのは重要である。
 
 当該期を通じ、労働者階級の母親のありようが問題とされ、国家のジェンダー支配が強化され、女性の労働がより広範に厳しく規制されるようになったことは、多くの研究が指摘するところだ。しかし、女性労働者は国家のジェンダー支配に一方的に組み込まれた訳ではない。
 
 工場法に関する議論は、女性労働者に新しい経験や、連帯や、対立を経験させた。1870年代前半、ウェスト・ヨークシャーの毛織物産業の女性労働者たちは、女性労働の法的規制に反対した。この闘いを通じ、彼女たちは地域のミドルクラスの女性たちとの連帯し、自らをエンパワメントした。これら女性労働者のイニシアティブ で、1875年に「デューズベリー・バトリーおよびヘビー・ウルン地域織布工組合」が設立された。他方、1874年に「女性保護共済連盟」が設立され女性労働運動が出発し、女性労働組合の代表はTUC大会において、工場法の問題をめぐり、男性労働組合運動家に挑戦した。
 
 1880年代前半、さまざまな産業の女性労働組合運動活動家は女性を鎖・釘産業から排除しようという試みに反対した。その中には毛織物産業の女性労働者たちも含まれていた。1880年代後半の女性を炭鉱の地表労働から排除しようとういう試みにも、女性労働組合活動家は反対した。両問題をめぐりTUC大会で、性代表と男性代 表の対立が続いた。国会においては、男性労働組合出身の議員が、これらの女性排除の動きの先頭に立った。彼らの男性優位主義的な主張は、新たに彼らに開かれた政治の世界で自らの地歩を築くための必死なもがきでもあった。さらには、男性労働組合活動家の中に女性たちの側につくものもいた。ジェンダーの分断は直線的では なく、複雑であった。
 
 1890年代前半には、女性労働組合運動の指導者は、工場立法への態度を変えた。女性洗濯労働者たちが、工場法に自分達を含めることを求めたことは、女性労働者が国家介入を支持した証だととらえられた。しかし、一部の女性たち、とりわけ、賃金が低い女性たちにとっては、あらたな労働規制は不利益をもたらすものであった 。それは1890年代半ばの鉛産業規制の議論の盛り上がりの中でも同様であった。男性労働者のみならず、女性労働者も決して均質ではなかったのだ。歴史学へのジェンダー視点の導入は、旧来の研究では無視されていた女性と男性のジェンダー間の利害の対立を明らかにしたが、今後はより複雑で錯綜した歴史として精緻化されてい く必要があろう。